私のヨットの歴史<第一話>

会長メッセージarchives/wrote 20251220 #22

今年最後のメッセージは、私のヨットライフのことをダイジェストにまとめ、シリーズでお届けしようと思います。今回はその第一話です。ヨットとの出会いは18歳の春、あるクルーザーと出逢いました。そこから私のヨットライフが始まり、色んな冒険がスタートすることになります。船は「NAOTAN(ナオタン)」号、24フィートの木造艇。24といえば比較的小ぶりなヨットというイメージかもしれませんが、当時の24フィートといえばとても大きなヨットでした。堀江謙一の太平洋横断の※マーメイド号が18フィート(約6m弱)であったことからも想像できるでしょうか。
覚えたてのヨット、とにかく楽しくてずっと乗っていたくて仕方ない頃、同じ世代の先輩ヨットマンと、私を含む若者たちだけで、初めて四国一周するという大冒険をしました。このとき、ヨット、自然の中で起こる、厳しくも楽しく感動に満ちたさまざまなことを体験し、そのことがとても大きな自信へつながった、思い出深いヨットです。

20歳の頃、「SETO(瀬戸)」号、33フィート。同じ木造艇でもオールチークで、デッキもハルもどこを取っても絵になる、とても素敵な船でした。私はこの船のクルーとして、青春の時間のほとんどをこの船で過ごしました。この経験のおかげで色々なヨットからクルーとして声がかかり、さらに色々な経験を積ませてもらいました。ヨットの魅力、海、自然の魅力や厳しさに夢中になり、その中で本当に色々なことを学び、実に充実した楽しい時間でした。

29歳の頃、JIBを開業してからは事業の中に「ヨッティングサービス部門」を作り、ヨットスクールの運営とヨットのメンテナンス事業、回航などの業務を行っていました。またそのひとつの中にあったものが模型ヨットの開発でした。私は模型ヨットの開発に夢中になり、それがミニチュアの世界へとつながっていくことになるのです。

34歳、そうして私は「HERON(ヘロン)12 」というラジコンヨットを創りました。設計、デザイン、制作と全て私が行い、アメリカ・アナハイムで行われたインターナショナルホビーショウに出品することになり、1983年度のクリエイティブ・エクセレンスアワードという栄誉ある賞を受賞し、高い評価を得ることになりました。その受賞のことで、グローバルなヨットレースである「アメリカズカップ」の開催期間、ニューヨークのロックフェラーセンターにディスプレイされたり、模型ヨットで行われるミニアメリカズカップに出場を招待されたりしました。このことは、自分の感性に対して、さらに大きな自信へつながる嬉しい出来事となりました。

前回のメッセージに書きましたが、「ミニチュアは自分の夢を叶える最高の方法」というのは、この時から始まっています。夢をより具体的にリアルにミニチュアで再現することで、また、ミニチュアの目線でその世界に没入することで、夢と現実の境界が曖昧になり、より現実を引き寄せやすくなるということです。
こうして私のヨットの歴史はスタートはクルーザーというクルージング用のヨットから始まりましたが、いずれもオーナーが居て、クルーとしてのヨットライフでした。JIBを開業する前のこの頃は、とにかく生涯ヨットに乗っていたいと考えていました。それは、これまでのようにクルーで乗るか自分がオーナーになるかの2つの選択肢がありました。もちろん私は、自分がオーナーになってヨットに乗っているというビジョンを描き、それが夢となり、夢がJIBという目標に変わっていくのです。
(第二話に続く)

 

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